シンカラ 9th stage

シンカラ 8th stage - 京都大学自転車競技部練習日誌
117.2km/2時間/10分/なし

ついに、最終ステージになりました!まだ誰もお腹こわしてません!
この日のゴール地点に宿があったため、コースを逆走してスタート地点に向かった。

緑ですね〜緑いっぱいですね〜てことは平らですね〜〜
と、思うやん?
チームの半数以上が車酔いするほど、くねくねアップダウンがいつにも増して激しかった。車酔いは特に久保田と自分がひどかった気がする。いつもレースが始まる前に飲んでいた酔い止めを早めに飲んだけど間に合わなかった。期間中で一番酔った。カヴが1人でキキー(にやにや)って効果音を口で出しながら楽しそうに運転していた。そんな暇があったらゆっくり運転してよ。音からして運転荒い自覚あるやん。
スタート地点に着いたものの、準備とかしてられないくらい気分が悪い。幸か不幸かサポートが多いのでちょっとだけ準備をサボれた。むり。
ちなみに、レース終盤は周回コース。勝手にツールの最終日を連想して、初めはのんびりかな〜と思っていた。けれど、通ってきた道を考えるときついインターバルがかかりそうなので侮れない。

スタート。マーシャルの人が後で一緒に写真撮ろうね〜って言ってきた以外に、最終日だからどうという雰囲気は特になかった。早々に11人の逃げが決まり、ほどなくして雨が降り始めた。これはゴールまで続いた。
この日はチームカーにはオバマ、プジャ、二宮、栗田、川嶋、自分の6人。せっかくなのでメンバーを変えてみた。みんないい経験。
3級を過ぎた頃には逃げと集団のタイム差は7分、追走2人も生まれ、差はどんどん開いていた。そしてこのあたりからインターバルが激しくなるが、集団から遅れる選手がちらほら。いつも同じメンバーが遅れるから、だいたい覚えている。ひやひやしていると、久保田もちぎれているところを発見。集団はどこに行ったのか、コミッセールも消えたところで、キタノ、クリタ2など4人と一緒に走って周回コースに入った。

1周5.6kmのコースだけど、振り返るとすでに後ろに逃げ集団が見えていた。すぐに追いつかれたので、コースの端に車を寄せてもらいたかったけれど、なぜかオバマは寄せてくれなかった。そのまま逃げに抜かれたけれど、久保田はそこには乗れず。2周くらいして追走にも抜かれた。このときもオバマは寄ってくれず、邪魔だったのか追走の選手に動作付きで**** youと言われた。オバマは1人にやにやしながらヤーヤー言っていた。
3周ほどして、車はコースから出ないといけなくなった。自分はテントで待機。他の何人かは応援に行った。集団に追いつかれた選手は次々に降ろされていったが、久保田は見つからなかったのかずっと走っていた。そのせいか、集団がゴールした後に規定周回を満たすために1人で走り切った後は、ゴール地点の計測ラインが取り外されていたらしい。
周回遅れになったはずなのに、3分41秒遅れの41位。その他の周回遅れの選手は1周ごとに7分程度プラスされていた。謎のリザルト。
それでも完走!久保田くん、みんな、お疲れさまでした!
 

この後は宿に帰ってゆっくりパッキング。しばらくすると、輪行バッグがホテルのロビーに届けられた。計測チップの回収場所が分からなかったけれど、関係者の誰かさんに自転車パッキング中の選手経由で返却をお願いされた。んー本来ならセクレタリルームに自分で持って行けばいいのかな?
しばらくして晩御飯。時間が分からなかったので急に呼び出された。最終日だけれど特にいつもと変わりない晩御飯だった。ちなみに、サインもらったり記念撮影したりするならここ。この後にクロージングセレモニーなるものがあって、期待して行ったのに他のチームはどこも来ていなかった。お偉いさんがひたすら話して、歌って…って感じらしい。英語じゃないから何にも分からなかった。その代わり、普通のお店でセブンイレブンチームのスタッフの方たちとおしゃべりしたりできた。
晩ご飯会場では、いつもらったのか他チームは賞金を持っていた。ただでさえ0の多いインドネシア通貨なのに現金で渡されるから、札束てんこもりで、銀行強盗の打ち上げみたいだった。そして、賞金を見てチップをねだるLOもいたが、本来は払う必要はないらしい。プジャもいらないよって言ってくれた。カヴは「チップちょうだいよ〜。え?君たちは賞金をもらってないのか?じゃあ仕方ないな〜。」とあからさまに言ってきた。ちなみにドライバー達にもあげる必要はないらしい。


みんなでぱちり。


雑感/補足・リザルトは謎。特別敢闘賞でボーナスタイム10分くらいもらえたんかな。
・周回遅れになったときのルールは、審判に聞いておくよう言われていたけれど、思うところがあって聞きませんでした。聞いたところで完走目指して頑張って走らないといけないことには変わりないし、知ってしまって手を抜きたくないなと思っていたけれど、今思うと久保田くんはそんなことで諦めたりしませんね、聞いてもよかったですね。

・チップ問題難しい。
気持ちで払うものとはいえ、インドネシアならチャータータクシーには普通は払わないしいいか。それより、ホテルのポーターさんとか大量の荷物を持ってくれたのに、すぐに出る位置にお財布がなくてすみません。(それでも何も言わずにすぐ帰るくらい、いいホテルでした。)
・もらった現金は翌日に空港では見なかったけれど、みんなどうしたんだろう。普通に荷物ひとつ増えるし、税関で申告しないといけないと思うんやけど。

・クロージングセレモニーは出なくてよかったみたい。演目もころころ変わっていたし、LOですら把握できていない。


おまけ翌日は移動日。空港に行くまで時間があったので、泊まっていたブキティンギ市内を観光できた。屋台に行ったり、市場でぼったくられたり、レース中にできなかったことを楽しんだ。カヴさえ説得すれば空港近くの大きなモールにも行けそうだったけれど、いろいろありすぎて行かず。チップとお昼ご飯をあげたら連れて行ってくれる感はすごかった。
空港に着いてからも、カヴは「いらない硬貨があれば置いていってくれていいんだよ〜」と言っていた。プジャがすごく嫌そうな顔をしながらも通訳してくれ、あげる必要ないからねとも付け足してくれた。そして、プジャは最後にこの日の選手の宿の空港送迎の確認までしてくれた。ありがたい。
LO、ドライバーとはパダンの空港でバイバイ。12日間も一緒にいたから、これがなかなか寂しい。

この後もジャカルタの空港で1人猛ダッシュしたり、裏シンカラは30ステージまで続くけれども、またそれは別のお話。

ちゃっちゃっちゃんっ。

シンカラ物語 まとめ - 京都大学自転車競技部練習日誌